退去時の原状回復と敷金精算|どこまでが借主負担か・国交省ガイドラインで確認

賃貸の原状回復と敷金精算|負担の線引きと返還までの流れ 住まい・ライフライン

引越しが決まって、荷造りも見積もりも進んでいる。あとは退去の立会いだけ——というところで届くのが、思っていたより高い原状回復費用の見積書です。「壁紙は全部張り替えです」「ハウスクリーニング代は借主負担です」。その場で言われると、なんとなく納得してしまいがちです。

ですが、原状回復は「借りたときの状態に戻すこと」ではありません。民法にも国土交通省のガイドラインにも、そう書かれています。このページでは、民法621条・622条の2の条文と、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」をもとに、どこまでが借主の負担で、どこからが貸主の負担なのかを整理します。経過年数によって負担がどれだけ減るのか、特約はどこまで有効なのかまで確認できる構成にしています。

結論:原状回復は「借りたときの状態に戻すこと」ではない

  1. 通常損耗と経年変化は借主の負担ではない:民法621条が原状回復義務の範囲から明文で除いています
  2. 借主が負担するのは毀損部分だけ:ガイドラインは「可能な限り毀損部分に限定し、出来るだけ最低限度の施工単位を基本」としています
  3. 住んだ年数が長いほど負担は減る:経過年数を考慮し、耐用年数が過ぎた設備は残存価値1円まで下がる考え方です

ガイドラインは原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義したうえで、原状回復は「借りた当時の状態に戻すことではない」と明確にしています。ここが出発点です。

まず30秒|自分の負担になるかの判定

  • □ 家具を置いていた床のへこみ、日焼けによる壁紙の変色がある
  • □ 引越し作業でつけた傷や、水をこぼしたシミがある
  • □ 室内でタバコを吸っていた
  • □ 結露を放置してカビが広がった箇所がある
  • □ 入居時の状態を写真で残していない

1つ目だけに□が付くなら、原則として借主の負担にはなりません。2つ目以降に□が付く項目があれば、その部分は負担の対象になり得ます。5つ目に□が付いた方は、次の引越しでは入居した日に部屋の写真を撮るところから始めてください。

法律はどう定めているか

民法621条:通常損耗と経年変化は除かれる

2020年4月に施行された改正民法は、原状回復義務の範囲を条文にはっきり書き込みました。

「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」(民法621条)

括弧書きが決定的です。通常損耗と経年変化は、そもそも原状回復義務の対象から外されています。さらにただし書で、借主に責任がない損傷も対象外とされています。日焼けによる壁紙の変色、家具の設置跡、画鋲の穴程度のものは、通常の使用の範囲と考えるのが原則です。

民法606条1項:修繕義務はもともと貸主にある

この結論は、賃貸借の基本構造から導かれます。民法606条第1項は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない」と定めています。

ガイドラインも、経年変化や通常使用による損耗の修繕費用は賃料に含まれているという考え方を示しています。毎月の家賃には、その分がすでに織り込まれている。だから退去時に別途請求するのは二重取りになる、という理屈です。

ガイドラインの4つの区分

ガイドラインは、損耗の原因によって次のように区分しています。

区分 内容 負担 具体例
A 通常の住まい方で発生する損耗 貸主 畳の裏返し・表替え、テレビ後部の電気ヤケ
B 借主の使い方次第で発生する損耗 借主 引越作業でつけたひっかきキズ、タバコのヤニ・臭い
A(+B) 通常の損耗だが、手入れ不足で拡大したもの 借主 カーペットのシミ・カビ(手入れ不足によるもの)
G グレードアップにあたる部分 貸主 設備の交換で価値が上がる部分

争いになりやすいのがA(+B)です。結露そのものは建物の性能の問題でも、拭き取らずに放置してカビが広がったのであれば、借主の管理の問題として扱われます。ガイドラインは「手入れ等の管理が悪く、損耗等が発生または拡大した」場合を借主負担としています。

負担するのは「毀損部分」だけ

もうひとつ重要なのが施工の範囲です。ガイドラインは、原状回復は「毀損部分の復旧ですから、可能な限り毀損部分に限定し、出来るだけ最低限度の施工単位を基本」としています。

つまり、壁の一部にキズをつけたからといって、部屋全体の壁紙の張り替え代を負担するのが当然ということにはなりません。見積書に「クロス全面張替」と書かれていたら、なぜその範囲になるのかを説明してもらってください。

住んだ年数が長いほど負担は減る

残存価値1円まで下がっていく

ガイドラインは「賃借人の負担については、建物や設備の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させるのが適当」としています。参考資料では、耐用年数が経過した設備について残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定する、という考え方が示されています。

具体的な計算例も示されています。耐用年数6年のクロスに4年間住んで退去した場合、借主の負担割合は 1-4/6=1/3(33.3%)になります。入居4年で壁紙を汚してしまっても、負担するのは3分の1というわけです。

耐用年数の目安

対象 耐用年数
クロス(壁紙) 6年
流し台 5年
便器・洗面台・ユニットバス・下駄箱 6年
非金属製の家具(たんす・戸棚等) 8年
建物本体(木造) 22年
建物本体(鉄筋コンクリート造) 47年

6年住んだ部屋のクロスであれば、計算上の残存価値はほぼゼロです。長く住んだ人ほど有利になるのがこの仕組みで、「長く住んだから傷みも多く、負担も大きいはず」という直感とは逆になります。

経過年数を考慮しないもの

すべてが年数で割り引かれるわけではありません。ガイドラインの参考資料では、畳表、襖、柱などは経過年数を考慮しない扱いとされています。フローリングについては、部分補修の場合は経過年数を考慮せず、全体の張り替えになる場合は建物の耐用年数から経過年数を考慮する、とされています。

敷金は何のためのお金か

民法622条の2:定義と返す時期

2020年の改正民法で、敷金についての規定も条文化されました。

「賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から……債務の額を控除した残額を返還しなければならない」(民法622条の2第1項)

「いかなる名目によるかを問わず」という部分がポイントです。保証金でも預り金でも、担保の目的で預けたお金であれば敷金として扱われます。返還の時期は「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」。つまり、部屋を明け渡してから精算するのが条文どおりの順序です。

「敷金を最後の家賃に充ててほしい」は言えない

同条第2項は、貸主は借主が債務を履行しないときに敷金を弁済に充てることができるとしたうえで、「この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない」と定めています。

敷金を最後の月の家賃に回してもらう、というのは借主の側からは主張できないということです。退去月の家賃はきちんと支払い、敷金は明渡し後に精算を受ける。これが法律上の建て付けです。

特約はどこまで有効か

ガイドラインが示す3つの要件

契約書に「退去時のハウスクリーニング代は借主負担とする」といった特約が入っていることがあります。ガイドラインは、こうした特約が有効と認められるために次の3つを挙げています。

  1. 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
  2. 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
  3. 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

裏を返せば、契約書の隅に小さく書いてあるだけで説明もなかった、金額の目安すら示されていなかった、という状態では、3つの要件を満たしているとは言いにくいということです。

消費者契約法10条という歯止め

個人が住まいとして借りる契約は消費者契約にあたります。消費者契約法第10条は、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比べて消費者の権利を制限し、または義務を加重する条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効とすると定めています。

民法621条が通常損耗を借主負担から外している以上、それを全部借主に負わせる特約は「義務を加重する条項」にあたります。だからこそ、ガイドラインは3要件という形で厳しめの条件を置いているわけです。

クリーニング費用の扱い

ガイドラインの参考資料は、退去時にしっかり掃除をしている場合について、有効な特約が付されていないときはクリーニング費用は賃貸人負担になるという考え方を示しています。「クリーニング代は借主負担が当たり前」ではなく、有効な特約があるかどうかで決まるということです。契約書を確認してください。

退去のときにやること

  • □ 契約書の原状回復条項・特約を読み返す(金額の記載があるかを確認)
  • □ 入居時の写真やチェックシートを探す(なければ、入居時から在ったキズを思い出して整理する)
  • 退去の立会い前に、部屋の状態を全室・全方向で写真に残す
  • □ 立会いには自分も同席し、指摘された箇所をその場で確認する
  • □ 立会いの場で金額に署名を求められても、内容に納得できなければ保留にする
  • □ 見積書は項目・単価・数量・施工範囲が分かる形でもらう
  • □ 経過年数による減価が反映されているかを確認する

立会いの場での署名には注意してください。「確認しました」という趣旨の書面でも、金額欄が埋まっていれば合意と受け取られることがあります。その場で判断できないときは、持ち帰って確認したい旨を伝えるのが安全です。

よくある失敗

  1. 入居時の写真を撮っていない:もともと在ったキズなのか、自分がつけたのかを示せません。入居日の撮影は5分で終わります
  2. 立会いでその場で署名してしまう:あとから減額交渉をするより、保留にするほうがはるかに簡単です
  3. 経過年数の減価を確認しない:クロスなら6年で残存価値はほぼゼロ。4年住めば負担は3分の1です
  4. 「クロス全面張替」を当然と受け入れる:ガイドラインは毀損部分に限定し、最低限度の施工単位を基本としています
  5. 敷金を最後の家賃に充ててもらおうとする:民法622条の2第2項により、借主の側からは請求できません

よくある質問

家具を置いていた床のへこみは負担になりますか?

原則として借主の負担にはなりません。民法621条は、通常の使用によって生じた損耗と経年変化を原状回復義務の対象から除いています。家具の重みによる床やカーペットのへこみは、通常の生活で生じるものとして扱われるのが一般的です。ガイドラインでも、テレビ後部の電気ヤケなどが貸主負担の例に挙げられています。

タバコのヤニや臭いはどうなりますか?

借主の負担になります。ガイドラインは「タバコのヤニ・臭い」を、借主の使い方次第で発生する損耗(区分B)の具体例として挙げています。ただし、負担するとしても経過年数の考慮は受けられます。クロスの耐用年数は6年とされているため、入居年数に応じて負担割合は下がります。

ハウスクリーニング代は必ず借主負担ですか?

必ずではありません。ガイドラインの参考資料は、退去時にしっかりと掃除をしている場合、有効な特約が付されていなければクリーニング費用は賃貸人負担になる、という考え方を示しています。契約書に特約があるか、その特約がガイドラインの3要件を満たすかを確認してください。

敷金はいつ返ってきますか?

部屋を明け渡した後です。民法622条の2第1項は、返還の時期を「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」と定めています。実務では明渡しから1〜2か月後に精算されることが多いのですが、日数の定めは法律にはありません。契約書に記載があればそれを確認し、なければ管理会社に目安を聞いておくと予定が立てやすくなります。

納得できない請求をされたら、どこに相談すればいいですか?

まずは消費生活センターです。全国共通の消費者ホットライン「188」から、最寄りの窓口につながります。相談の前に、契約書・見積書・入居時と退去時の写真を手元にそろえておくと話が早く進みます。金額が大きく話し合いで解決しない場合は、少額訴訟や民事調停という手段もあります。

公式情報・確認先

ガイドラインは法律そのものではなく、裁判例や取引の実務を踏まえて国土交通省がまとめた指針です。個別の契約内容によって結論が変わることがあります。判断に迷う場合は、消費生活センター(消費者ホットライン188)にご相談ください。

まとめ

  • 民法621条により、通常損耗と経年変化は原状回復義務の対象外です。原状回復は借りたときの状態に戻すことではありません
  • 借主が負担するのは毀損部分で、ガイドラインは最低限度の施工単位を基本としています
  • 経過年数で負担は減ります。クロスの耐用年数は6年で、4年住めば負担割合は1/3。耐用年数を過ぎれば残存価値は1円まで下がる考え方です
  • 敷金は明渡し後に精算されます(民法622条の2第1項)。最後の家賃に充ててほしいとは借主から請求できません(同条2項)
  • 特約が有効と認められるには3つの要件が必要です。クリーニング費用も、有効な特約がなければ貸主負担という考え方が示されています

本記事の内容は2026年8月23日時点で、国土交通省の公表資料および民法・消費者契約法の条文を確認した内容にもとづきます。個別の契約や物件の状況によって結論は変わり得ます。本サイトは行政機関の公式サイトではありません。

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本記事は一般的な手続きの流れを整理したものであり、個別の事案に対する専門的助言ではありません。 要件・必要書類・期限は自治体によって異なる場合があります。実際の手続きにあたっては、 必ずお住まいの自治体の窓口および公式情報でご確認ください。本サイトは行政機関の公式サイトではありません。

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